大和民族の誇り
昨日はちょっと冷え込みましたね、五月末の陽気とは思えませんでした。
夏の入り口まできてちょっと足踏み状態ですね。
私は季節の中では秋が一番好きなのですが、最近私の体内磁場はその秋を体感している様でもあります。
と言うのも、本来一番の楽しみの趣味は、一仕事終えてジャズをゆっくりと満喫する事ですが、この数日は完全に読書の秋ならず、この季節に読書三昧に浸ってます。
まるで秋の夜長状態です。
本来これまで、最も大和民族に生まれてよかった事を実感できた事は、素敵な眺望のする土地や景勝地などを訪れる事もさることながら、日本建築の文化に触れる事でした。
中でもやはり、桂離宮は別格ですね。
ところが、この趣味も、興味の対象も押しのけて、日本の文字の文化に最近新たに目覚めてしまった感じです。
ひらがなも、カタカナも、漢字も全て意味があり、一つ一つに味わい深い奥行き感じます。
一文字に何の意味が込められ、どういう風に受け告げれ来たかを思うと、もう勝手に歴史と文化を想像させてくれ、好きな字を見つめるとそれだけで、ドラマが生まれてきそうです。
そもそも、何でまた今、読書にはまったかと言うと、
この”いやしろ”の起源を今の時代に再登場させてくれた故楢崎皐月翁の残された”静電三法”に端を発し、そのお弟子さんである、故宇野多美恵先生の残された”相似象シリーズ”に残されたカタカムナの80首の古代文化と言える古代文字と言うか、八鏡文字を見つめなおすといつもこう言う副作用が起きます。
この80首のカタカムナ文字を最初に手にして20年弱ですが、この間少しずつ増える宇野先生の最期の力作に向かって、毎年一ヶ月くらい掛けて、読み直ししてますが、ここ数年漸く理解しかけてきた事が、今年になってなんとなく、体感で味わえる感じがして来たからです。
まあ、故楢崎翁でさえ、解読に10年弱、そして宇野先生でさえ数十年の時間を重ねて漸くつかめたものですので、私が簡単に理解するなんておこがましいのですが・・
そなこんなで、日本の文字の想像力は、大和民族ならではです。
そして、味わい深い日本のかな文化、『かなずかひ』には、もう最近ノックアウトされてます。
如何にこれまで勉強してこなかったかを白状するようですね。
やはり日本の言葉は素晴らしいですし、それを表現する文字やその組み合わせで織り成す情景の想像性、創造性は大和民族に生まれて本当に良かったなとじっくり味わってます。
まあ、文字も去ることながら、このカタカムナの80首に秘められた文字を、原文で読めるようになれば凄い文化・文明の伝承者になれるでしょうか、、
もう暫く、この季節に浸りながらこの文化を満喫したいと思ってます。
本当は、お勉強よりもこれを活かす事に試行錯誤しなくてはなりませぬが・・・お許しを!